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今は平々凡々の暮らしをしているアタシ。でも、小さい頃からこんな暮らしをしていたわけじゃ〜ありません。思い出たっぷり私的回顧録。誰も興味ないって?いいのだ、ひたすら書くのだ!
2009/12/29
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2009/12/29
クリスマスをみなさんはどう過ごされましたか?アタシの家では、小さい頃からクリスマス行事は一切なし。別に他の宗教に凝り固まっていたというわけではないのだけれど、父親が徹底した無宗教で、仏教からなにから、宗教というものを一切認めていなかったから、ましてクリスマスなんて認めるはずがないんです。

クリスマスはキリスト教徒のためにあるもので、日本人には一切関係ないと、それはそれは厳しく言われていて、ジングルベ〜ル♪ジングルベ〜ル♪なんていう歌も、歌っていると叱られたのですから、ここまでくるとかなり歪んでるかも?

小さい頃のそんな思い出が体に染み込んでいるせいか、今もクリスマスにはまったく興味がなくて、街がクリスマスで賑わっているのを見ると不思議な気持ちになっちゃう。残念なのは、主人にクリスマスプレゼントが欲しいと言えないこと。内心、いい妻と結婚したと思ってるだろうなあ、ねえ、夫さん。
2009/11/29
アタシには主人が外出をするとき、必ず門の外に出て角を曲がって見えなくなるまで見送る習慣があります。これは完全に母親の影響で、母はどんなに雨の降る日でも、雪の降る寒い日でも、学校に行く子ども達と出勤する夫を、必ず門の外まで見送りにきてくれていたんです。

角を曲がるときに振り向いて、じゃあね!と母に手を振ると必ず振り返してくれた時の幸せ感、あの時の気持ちずっと忘れらずにいて、だから、主人にも同じようにしているというわけです。ご近所さんを見てみると・・・門の外まで毎日お見送りされている奥様は見かけません。いまどき希少価値!
2009/11/22
アパートにはいろいろな人が住んでいたのですけれど、今でも印象に残っているのがお隣のご夫婦。とても優しそうなご主人ともの静かな奥様。廊下で会うといつも奥様が部屋の中に入れてくださって、赤ちゃんを見せてくれたんです。かわいかった。まだ私も3歳ぐらい、お姉ちゃんになった気分で、いつもあやしていました。赤ちゃんを見せてって言って、部屋にあがりこんだりもしてました。

あの頃はまだ恋愛結婚なんていうのは流行りじゃなくて、大抵がお見合い結婚。(私の両親は恋愛結婚。当時としては、モボモガ・・・?)そのご夫妻も、たぶんお見合い結婚だったんじゃないかしら。なんかこう、恋愛して結婚したっていう熱い情熱より、ほんのり、静かにお互いを見初めたという雰囲気が家の中に漂っていました。でもこれってあくまでも想像。しかも3歳児の・・・(笑)
2009/11/19
その頃は、今みたいにピアノがうるさいなんて苦情を言うはいなくて、それどころか、ピアノを弾き始めるとお隣さんが「聞かせてね」って言いながら家の中に入ってきて、ちっちゃなちっちゃなコンサートが始まるんですね。

そうそう、テレビなんてものもようやく普及し始めたころで、プロレス中継のある日っていうと、同じアパートのお兄さんたちがウチにやってきてみんなで観戦してたっけ。で、思い出した!・・・観戦しにくるお兄さんの中に一人、めっちゃくちゃ足の臭い人がいて、あれ、ほんと嫌だったなあ。プロレスっていうと、今もあの臭いを思い出すアタシって「パブロフの犬」?
2009/11/19
最近、昭和回顧録みたいな写真集が出版されていて、それを見ると、アタシって古い人間なんだなあとつくづく思う。あの頃ってすごく貧しい時代だったんですね。アタシの家が特に貧しいと思ったことはなかったけれど、それって世間全体が貧しかったから感じなかっただけなのかもしれない。どこの家も平屋建てで、2階建ての家はお大尽の住む家。このイエの人、お金持ちなんだねえなんて言いながら通りすぎていたっけ。

アタシがもの心ついた頃はアパート暮らし。まだ戦争の余韻が残っていて、父親が「追放」なんてものにあってしばらく職がなかったから、家なんてとても買えない状態。ようやく生活を立て直せたころにアタシが生まれて、だから贅沢なんてとんでもない。ところがなぜかピアノだけはあって、いつも姉の伴奏でアタシが歌を歌っていたという不思議な生活。

    

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